本日、衆議院が解散されました。高市総理大臣は、自分が総理大臣であることに正当性を持たせるためという主旨の説明を行いました。これまでの政権の連立に変更が生じたことに対して国民の信を問うという発言もありました。確かに国民の声を聴く必要はあるでしょう。しかしながら、それだけで解散する大義となるのでしょうか。私は大いに疑問を感じます。あえて申し上げますが私は高市内閣を高く評価しておりました。
そもそも衆議院の解散権というものがあって、それは時の総理大臣の専権事項であるという政界常識がありますが、憲法上、この常識に正当性があることなのでしょうか。この部分は憲法学者にお任せするしかありませんが私には理解できません。根拠は憲法7条ですが、皆さんもう一度お読みください。
今回、連立の組み合わせが変更になってから首班指名選挙が行われ、比較第1党(最大政党)の自民党から高市総理大臣が誕生しているのです。少数与党ではありますが手続き的になんら瑕疵はなく、自分が総理大臣にふさわしか国民に信を問いたいから解散するなど全く理屈に合いません。さらに不合理な点は3つあります。一つには前回の解散から1年3ヶ月しか経過していないことです。4年の任期のある衆議院議員の議席を軽んじていないか。二つ目には高市新内閣が成立してから3か月しか経過していないことです。石破前総理は組閣後わずか1週間程度で解散しましたが、
これよりは長持ちではありますが、内閣という国政上の重要機関を軽んじていないか。3つ目には大義より党利党略重視の解散ではないかという疑念です。高市内閣は高支持率でした。これを頼りに与党の勢力拡大を狙ったのではという疑念がぬぐえません。
高市内閣を支持する多くの国民の期待を逆に裏切ったのではないでしょうか。
