議員日誌799  「道の駅グランテラス筑西」の二宮尊徳像

オープン間もない「道の駅グランテラス筑西」の一角に二宮尊徳像が設置されました。私が所属する報徳壱圓塾による寄贈です。なぜ、この地に尊徳像か、疑問の方も多いと思います。 以下は説明文です。

 

 二宮尊徳は、江戸末期の農政家(農村改革、農民思想家、農民経済学者)。飢饉にあえぐ多くの農村を救済した。小田原藩の出身だが、長く桜町(現真岡市)に居住し、農村救済・改革事業を手掛けた。現筑西市の村々も含まれている。尊徳の農村改革手法は「仕法」と呼ばれる

 

 

 

 

以下は由緒書の一部。

天保八年(一八三七)下館藩主・石川総貨公は、隣村の桜町(真岡市)において財政立直しに成功した二宮尊徳に救済を嘆願した。尊徳の仕法(人民の生活安寧と人心開発の法則)は、厳しく幾多の困難を経た末に実を結んだ。

さらに、高弟の富田高慶の助力もあり、下館領内及び幕府領、旗本領の村々の仕法も進められた。この仕法は、灰塚、掉ヶ島、花田、板橋、谷中、下岡崎、蕨、蒔田、下高田、辻、門井、海老江などの六十ヶ村近くにも及び村の復興が成し遂げられた。

 

 

 

 

 

 

今日、筑西市の繁栄は翁のお陰といっても過言ではない。子々孫々まで永安な地域であることを願い、ここ「道の駅 グランテラス筑西」に「二宮尊徳廻村之像」を建立するものである。

 

不二(ふじ)は不申(もうさず) まつ紫(むらさき)の筑波山(つくばやま)  (二宮尊徳・道歌選より)

 

報徳サミット

二宮尊徳によって救済された村々を継承する自治体は、その功績を顕彰し、尊徳の思想・報徳思想を広めるため、毎年主催地を輪番にて定め一堂に会し、大会を開いている。北は北海道、南は三重県まで、11市5町1村の計17市町村が参加している。令和元年は 筑西市が主催地となる。

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